小太郎の歩く日記

東京の多摩からウォーキング・ハイキング・サイクリングの話題を綴ります。

新しい自転車の靴をおろしました。

今日、新しい自転車のシューズをおろしました。写真のイタリア製の靴で現代の最先端のシューズと比べたらクラシックですが、靴底にシュープレートがあってペダルのプレートと噛み合うようになっています。

写真のシューズは20年以上前のイタリア製品で貴重なストックです。先日まで履いていた先代のシューズも同じ形ですが、ロードだけでなく林道まで散々歩いてしまって寿命を縮めました。これは大切に履こうと思っています。

ちなみに自転車に詳しくない方に説明しますと、現代のシューズは靴底のプレート機構が複雑になり、その分、自転車側のペダルがひどく軽くて簡単なモノになっています。現代と言ってももうしばらく前からですが。

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道志村の厳道峠続き

道志村の写真を何枚か載せますね。毛虫はクスサンの幼虫で鮮やかな薄緑色が見事に綺麗です。

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昨日は道志村の厳道峠に行きました。

昨日は山梨県道志村の厳道峠(がんどうとうげ)へ行きました。サイクリストの間で知られた峠で道志村と秋山村を結ぶ稜線にあります。昔は追い剥ぎが出たことから、強盗峠と言われたそうです。

昔は東京から道志村まで走って往復しましたが、最近はクルマに積み込んで現地に行くのがやっとです。厳道峠も最初の記憶はラフロードですが、とっくに舗装され、林道野原線がつながっていました。

林道では虫の幼虫、つまり毛虫を沢山見ましたが、クスサンという大きな蛾の綺麗な緑色の幼虫を何匹も見ました。道志村は昆虫の研究に最適ではないでしょうか。

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道志へ来ています。

今日は自転車で山梨県の道志村へ来ています。渓谷へ降りてみましたが涼しい風と冷たい水に癒やされます。詳しくは帰ってから掲載しますね。

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夏の小山田の風景

トンボ池の行き帰りに夏の小山田の風景をたっぷり目に焼き付けて来ました。今の東京では貴重な懐かしい田舎の風景(褒め言葉です!)で心豊かになって帰って来ました。
しかし、梅雨はどうなったんでしょうか。

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小山田へ行って来ました。

今日は朝から自転車で小山田へ行って来ました。戦車道路から尾根緑道を下って桜美林のグラウンドを過ぎ、住宅地の裏の畑を軽トラについてずり落ちて行くと里山におりました。この辺はいつもながら東京とは思えない里山の風景です。

そのまま行くと淵野辺へ向かうバス通りへ出て、小山田桜台のバス折り返し所に出ました。町田へ向かう広い道路を小山田緑地の下まで行って来ました。残念なのは、以前、緑地と道路を挟んだ反対側が水田でしたが、今日見たらハスの葉が浮かぶ池になってしまっていました。

途中で、山の端橋でまた古いバス停の写真を撮りました。もう一枚の自転車の写真は鎌倉時代からの奥州古道の分かれ道の様子です。分かれ道の大木は、目印となるとともに夏の炎天の日陰で旅人が休めるように大切にされてきたのですね。


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三つ目山公園と山王山日枝神社へ

台風が過ぎ去って、早くも次の低気圧が来る前にと思い、朝から自転車で散歩して来ました。町田市小山が丘にある三ツ目山公園と山王山日枝神社です。マイナーな場所ですが、ここは橋本方面の夜景が素晴らしいそうです。

神社の名前はよくある名前ですが、いくつかの神様が纏めて祀られているそうです。神社の境内に三ツ目囃子の説明があって、何でも八代将軍吉宗が若者の健全育成のために娯楽としてお囃子を奨励したようです。いつの時代でも時の政府は苦労するんですね。

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由木西小学校の跡地

先日、散歩で見つけました。小学校の跡地です。校門の門柱が残っています。由木西小学校があった場所だったようです。現在は別の場所に移転しています。

学校の跡地というと何か寂しいような懐かしいような気持ちの入り交じった不思議な感覚にとらわれます。
これでもし古い木造校舎でも残っていると地域コミュニティの場として価値があるかも知れません。でも、管理費がかかるのでしょうね。だいたい、無人の夜の学校はオバケが出そうですが、それを逆手に取って人を集めたら面白い気がするのですが。


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上柚木の田んぼに行って来ました。

昨日、久しぶりに上柚木の田んぼに行って来ました。田んぼにはイネの苗が植えられていて蛙も沢山鳴いています。田んぼの風景は東京ではめっきり減ってきました。東京の田んぼを見たことのない子どもも多いかも知れませんね。

いつからか、水を張らなくなり、今年からは畑になるのかと思いきや、耕作放棄されて雑草が生い茂り、挙げ句の果ては駐車場か住宅用地に変わっていきます。農耕地が減ってゆく理由はもちろん作業従事者の減少や、農作物の市場価値にあるのでしょうが、日本の原風景としての田んぼと里山の自然が消えてゆくのは世の常とは言え、とても悲しいことですね。

土からコンクリートに固められた地面は元には戻りません。私達は子孫の世代にこの自然を引き継いでゆく義務があるのではないでしょうか。何が大切で何を守っていくべきでしょうか。

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奈良ばい

町田市のこのエリアには神明谷戸の他にもいくつかの谷戸で自然環境が保たれ、農耕作のサイクルも地元の皆さんとボランティアの皆さんのご苦労で続けられているようです。

写真は「奈良ばい」谷戸です。ここは入り口が大きくてすぐ分かりますし、かつて尾根を越える往還が通っていたことを窺わせます。奈良ばいという変わった名前が付いた由来は、明治維新の際に集まった兵隊に「そこに並べい!」と号令をかけたことに由来しているそうです。

谷戸の奥から尾根へ上がって向こう側の谷戸まで歩くと半日歩くのに適当なコースです。今度はそちらへ行ってみたいと思います。

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神明谷戸へ行って来ました。

昨日は自転車で町田市図師町の神明谷戸へ行って来ました。ここは図師小野路歴史環境保全地域に指定されて昔からの谷戸風景が保存されています。未だ田植えはされていませんが、イネの苗が田んぼに用意されていました。

空にはトンボが飛び、田んぼにはオタマジャクシが、小川にはザリガニが沢山いました。久しぶりに田んぼの景色を眺めて来ました
これが東京なのか!と思う風景で良かったです。

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見附橋に来ています。

自転車で見附橋(八王子市別所)に来ています。緑につつまれた池は長池と言ってネイチャーセンターがあります。人工の池に架かる橋はかつて東京の四谷見附にあった見附橋を分解して運んできたものです。この橋の辺りはテレビドラマの撮影でよく使われました。そう言えば、近くの京王堀ノ内駅でもテレビCMの撮影を時々していたのを思い出しました。コーヒーのCMで朝のサラリーマンの通勤風景などを撮影していました。
それにしても、今日はいい天気ですね。

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田植えの季節

朝から自転車で散歩しています。上柚木も田植えの季節になりました。田んぼに水が張られ、苗代にはイネが見えます。

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多摩の廃道「長池上小山田陸橋」






先日、小山田緑地から南大沢へ戻る途中で尾根幹線で廃道になっている長池上小山田陸橋線を自転車で走ってみました。小生は廃道マニアではないのですが、以前クルマで何度か通った記憶があります。

かつて尾根幹線がすべて開通していなかった頃、一部この道が幹線として使われていました。カーブのある陸橋で事故もあったと聞いています。現在はクルマが入れないようになっていますので、歩行者・自転車だけが通れる状態で尾根幹線の両側を結ぶ散歩道として歩けば、鳥の鳴き声、夏はセミ時雨が堪能できます。陸橋が取り壊されない理由はもちろん撤去の費用もかかりますが、頂上付近に中継アンテナ所があるからです。おまけに一部の脇道には見るからに掘っ立て小屋のような人工の家屋らしきものがあって入口にはフェンスがあって気味が悪いです。

コンクリートの陸橋は耐用年数までは取り壊されない感じですが、映画のカサンドラクロスのように落ち葉が舞い、あるいは道の両側から落ち葉ないし有機分解した土が路面にせり出してきて道幅が狭くなっています。廃道マニアの実態は小生知りませんが、鉄道の廃線部分を歩くマニアのような危険は無さそうです。そういえば映画「砂の器」で刑事役の森田健作が山梨県の中央線の鉄路の上を事件の遺留物を探して真夏の炎天下に全身汗だくで歩き回るシーンがありました。鉄道は小生興味がありますので、廃止路線の本など見たこともあります。いつか、中央線のその辺りを歩いてみたいと思っています。まあ、アプローチ含めて足を延ばすには自転車が最適ですが。

春の小山田と、小山田氏の記憶

小山田を歩く、と言いながら実際には自転車で走っているのですが、気分はウォーキングです。

小山田という地名には思い入れがあって、戦国時代の甲斐の武田信玄に仕えた郡内の領主に小山田信茂という勇将がいました。この人は信玄に仕えて数知れず軍功を立てましたが、武田家滅亡の際には末期を汚して主君を裏切り、纓田家に投稿したものの、纓田信忠から主君への不忠を免罵されて斬首されました。

前置きが長くなりましたが、小山田は平安鎌倉の頃から土着の土豪であった小山田氏の祖によって開墾されました。小山田どころか町田一帯はすべて小山田氏の領地だったようですね。

領主の舘があったところには、今は大泉寺というお寺が残ります。このお寺の山門が実に立派で、小山田氏の記憶と相まって遠く戦国時代の昔に迷いこんだような錯覚を覚えます。ここに来る度に写真を撮ってしまいます。

小山田緑地にはアサザ池という池とも言えない湿地があります。今日はここまで散歩に来ました。



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